健康的な





さすが6月、さすが梅雨。このジトジト感ったらない。

こんな時こそ精油を使わなきゃなと思い

ペパーミントやローズマリーの精油を垂らしたコットンを、室内のあちこちに置き

少しでも除菌や除湿に役立てればなと。


ところで、ブログ更新も週末だけというように回数が減ってきてるけれど

それだけちゃんと、平日は自分の時間を過ごしているのだと思うと

ネット依存していないという点や、誰かと繋がっていたいという心の飢えを感じていない

いわば、わたしにとってはまっとーな時を過ごせているという証でもあって

なかなか悪くないなと思ってる。

本を読むのはいつものことだけれど、病気をしてから自分の身体のことや

健康的な食生活という部分に、とても興味と関心を持つようになり

「腸ストレス」を取り去る習慣、9割の病気は腸で治せる!

40歳から病気にならない人の習慣、という本を、それぞれ2回くらい読んでる。

これらは有益な本で何度も読み返したいと思ったから、全部購入したものだけれど

読むほど、腸のことあれこれが知れて、とてもオモシロイ。

若さだけを頼りに出来る年齢を超えたのだし、これから健康を保っていくのは

自分自身の責任だと考えるようになった。

病気にならない限り、あまり健康という当たり前にあるものに関心を寄せないだろうし

わたしも今までずっとそんな感じだったけれど、健康で元気であることの大切さ、重要さを

身をもって経験してから、自然に意識や考え方も変わっていった。

といっても極端なものじゃなく、日常の中で出来ることを、出来る範囲でやっていくだけ。

今は、素焼きのミックスナッツにハマってる。

色々な健康的な効果が得られるようなので、食べ過ぎず毎日少しずつ。

ナッツは食べ過ぎるとニキビになる、とどこかから得た情報で覚えていたけれど

少量であれば、実際は食べ続けていても、ニキビになることはない、ということも分かった。

後今なら時期的に、ゴールドキウイが良い。美味しいし、朝食にピッタリ。

ただ、値段がそこそこするので、週末1個98円の売り日の時に、まとめ買いしてきた。

この間久しぶりに食べたあんみつも、とても美味しかったなー。

あんこのお豆も腸に良いし、ゼリーの寒天も海藻だから、これも腸に良い。

身体にとって良いものを食べている、と思いながら食べると、より満足感がある。

皆に健康で元気でいてもらいたい、という思いがあるので

出来れば友達や家族にも、身体に良いものを積極的に食べてもらいたいのだけれど

人に無理強いするのは、よくないしね。

でも、やっぱり皆には、日々健やかであって欲しいと、思っている。




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2017.06.25 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

共有する時間






友達に誕生日プレゼントで頂いた、ブレスレット。

わたしの腕にするにはサイズがちょっと大きかったので

カバンにつけて使うことにした。


昨日、友達をいつものように急に誘って、増上寺のキャンドルナイトに行ってきた。

それ自体は正直、あまり感想を抱くほどではなかったけれど

ただ友達と一緒に過ごした時間が、とてもとても楽しかった。

いつも遊ぶ場所とは違うエリアに行くと、やっぱりなんだか新鮮な気分になる。

九州居酒屋とやらに行き、美味しいお料理を頂きながらのおしゃべり。

お通しで出てきた明太子が、白いご飯が欲しくなるほど美味しく

安納芋のポテトサラダの、お芋本来の甘さに感動し

チキン南蛮の、大きくどっしりとした食べごたえのあるお肉に感激し

とにかくお料理が美味しかった。

キャンドルナイトを見終えて少し時間があったので、帰りがけに

サンマルクカフェに寄って、コーヒーとチョコクロワッサンの至福の時。

居酒屋さんでの食事に物足りなさを感じてたから、甘いモノを食べれて満足。

久々のチョコクロワッサンは焼きたてで、ほんのり暖かく

中のチョコレートがトロンとなめらかで、なんて美味しいんだろうと味わいながら

あっという間に食べ終わった。

食に対しては以前から、とにかく美味しいものを食べれば美味しいおいしいと

割とすぐに感動できるタチだったけれど、病気をして以降はそれが余計に

強くなったように思う。

好きなものを食べれること、美味しいものを食べれること、食だけじゃなく

大好きな友達と過ごす時間、他愛もないおしゃべり、目にする風景とか

それらのイチイチを味わう、感じる、ということに、より敏感に繊細になった。

これは病気をしたからこそ得られた、かけがえのないものだと思っているし

それらを今まで以上に味わえるようになった自分は、ラッキーだなと思う。

そして、最近は、友達を撮ることがとても楽しい。

友達に限らず、家族もそうだけれど、普段過ごす何気ない時間

おしゃべりしてる時だったり、何かを見てる時だったり、時間軸の中のヒトコマを

楽しいと思えるかけがえのない時間を、写真で撮っておく、動画で撮っておくということが

わたしにはすごく貴重なことだと思うし、それがどれだけ大切なことなのか

自分にとって意味があることなのかを、すごくよく感じている。

いつも楽しい時間を一緒に過ごしてくれる友達には、本当に感謝だし

いつもありがとうという気持ちと共に、楽しい記憶や幸せな時間を

これからも共有していこうね、と思う。

見たもの感じたこと、ひとりの時間を過ごす大切さを理解した上で

今はただ、共有する時間を作っていきたいと思っている。

そうやって、心を豊かにより幸せに、生きていこうと思っている。




2017.06.18 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

大切な

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週末有給をとって、気になっていた古民家カフェに、友達と行ってきた。

昔懐かしい昭和レトロなアイテムが、店内にたくさんあり

且つそれをオシャレに配置している感じや、お店の雰囲気がとても良くて

すごく素敵なカフェだった。

スタッフの方も感じが良くて、許可を得て久々に店内も撮らせてもらったり。

友達とも色々な話をし、運ばれてきたドリンクやプレートのお食事を撮ったり

彼女の笑顔の写真を真正面から撮れたり、大満足だった。

撮られることを「モデルさんになったみたい」と、面白がってくれる人だと

こちらとしても気持ち良く撮れるし、ちょっとそこに立ってみてとか

こうしてみてという、軽いリクエストも出しやすい。

今年は大切な人たちの写真を、たくさん撮っていこうと思っているので

思うように撮れたりすると、こちらも嬉しくなる。

現像が楽しみだなーと思うのは、やっぱり人を撮った時かな。

友達に喜んでもらえるような写真に、なっているとイイナ。




2017.06.11 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

インパクト

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先月京都で親友に会って、おしゃべりした時のことを思い出す度

心にインパクトをもって残された出来事というのは、その時間を共有した期間とか

それ以降どれだけ年月が経ってるかとかは、あまり関係がなく

どれだけ深く己の心に響くものがあったかなんだろうな、と思ったりする。

そして自分が大事にしている想い出だとか、出来事だとか、感じていることとかを

相手も同じように大切にしてくれていて、自分と同じくらいの温度で語れること

そんな友がいてくれるということが、どれだけ幸せなことかを、しみじみ感じている。

今更ながら改めてそんなことを思うのは、親友のガラケーの待受画面になっていた

彼の愛車だった黄色いバンの写真を、見たからなのかもしれない。

NZに居た頃、彼は中古の20年になる黄色いバンを購入した。

そのバンは黄色い色やカタチが可愛らしく

持ち主だけでなく友達であるわたしも、とても気に入っていた。

そのバンに乗って、あちこちに出かけた。

ちょっと近所に行くにはもちろん、スーパーに行くにも、旅行に行くにも

空港での送り迎えまで。

車が届いた当初、内装の手伝いをして、ふたりとも真っ黒に汚れたりした。

そんな色々な想い出が詰まった、大好きな黄色いバンだった。

そのバンを撮った写真を、親友は未だに待受画面にしていた。

嬉しそうに「ホラ」、とその写真を見せてくれた時は、ただ懐かしさが溢れるだけだったけど

彼にとっても大切な思い出であり、今でも大事にしている出来事なんだと思うと

胸がいっぱいになる思いがした。

20代のあの頃の出逢いも、経験したことも、当時思っていた価値以上のものが

年月が経ってから届いたのだなと、思い知ったこの頃なのでした。




2017.06.11 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

家族について






家族、というものについては、前々から色々考えさせられている。

旦那さんがいるから勝ちだとか、子供がいるからエライとか

そういう世間的な目でみた価値観での話しではなく

わたし個人的に思うことは、どんな形態だろうと

自分が生きていることに幸せを見出し

自分が生きていくことに希望を持ち得ているならば

それで充分ではなかろうかと、思ってる。

子供を欲しいと強く思っていた時期を超え

子供を抜きに考えるならば、結婚という形態に意味を見いだせないので

特にシングルのままでも良いと思ってはいるけれど

それでもやはり、家族ってイイナと、素直な部分では思っている。

友人たちの生活を見ていると

子供が小さなうちは、自分の時間ももてないだろうし

ママ友や学校行事など、やっぱりそれなりに大変そうだなと思う。

仕事をしながら子供を育て、且つ家事をし、日々の料理作りに追われる。

風邪をひいたり体調を崩しても、子供が小さなうちは安心して寝込むことも出来ず

ともすれば自分のことよりも、家族のことを優先したりする。

それらを当たり前のようにこなしている友人たちは、きっと結婚というものは

そういうものだという認識を持っているので、大変なことだと思ってはいても

きっと自分が毎日どれだけ凄いことをしているのかとは、考えが及んでいないと思う。

けどわたしからしてみたら、彼女たちがしていることは、本当にすごいことだと思う。

そして自分にはそんなことは出来ないと思うし、そういうことをしてみたい

と思える年齢を超えてしまっているので、結婚自体に今更魅力を感じない。

けれど、そんな大変なことも多い日々だとしても

やっぱり家族を持っている、ということは、何にも代え難い財産を持っていることのように思う。

そこで幸せ不幸せの定義を測るのではなく、ただ大きな財産を持っているのだと思う。

わたしはどうだろう。今後自分の家族を持つ、という選択肢はないけれど

違ったカタチの家族をもつことは、できるかもしれない。

気の合う友人と一緒に、老後を暮らせたら楽しいだろうなと、そんなことを考えたりしてる。




2017.06.04 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

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