成長





人と物理的にも心理的にも、ある程度の距離を置いてしまうのは昔からで

人の輪の中に入るとか大勢での集まりの中に入るとかがニガテなのも、昔からのこと。

なので職場での人間関係では、悩みにしない程度にしながら、それに近い心理状況にあったのだけれど

誰かに好かれようとしないこと、誰かと無理に仲良くしようとしないこと、基本的にはひとりであること

を心がけているうちに、自然と皆と心地よい距離を作れるようになっていた。

昔、写真を始めたばかりの頃、まだココロが弱っていた時には、誰かと繋がっていたいという欲求が

強いというか、常にあった。

今は何をしている時間が快適で、どんな時間の過ごし方が自分にあっていて

何を優先するべきかが分かるようになってきたから、常に誰かにかまってもらいたいという幼児性の部分は

全くなくなったとは言い難いけれど、殆ど消えたように思う。

人は、何か目標をつくり、そこに向かって進んでいくこと、頑張っている人をスゴイと思うけれども

特に何か大きな目標をつくらずとも、何か新しいことをしていなくとも、生きている中で人は少しずつ少しずつ

本人でさえも分からない程だけれども、確実に成長をし続けていると思う。

その成長ぶりは地味過ぎて、気づかずに見過ごし、気づいたとしてもそんなのは成長じゃないと思うかもしれないけれど

わたし自身はそうやって、地味に成長をしていきていると思う。

よく此処まできたねと、自分で自分を褒めてあげることも、時には必要なんだと思う。




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2015.11.28 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

頑張ることとは






向上心とは、なんぞや。

何故いつも頑張っていないといけないんだろう。

頑張りたくない時だってあるし、頑張る何かが分からない時だってある。

そもそも今以上の何かを求めていない自分にとって、これ以上、上を向くとか無理だし。

家族が健康で元気で、両親が健康で元気で、数少ないが友達も居て

快適な住居があって、仕事も楽しく良い職場環境に恵まれていると思うし、現状で今のところ満足。

諦めざるをえなかったというか、仕方なく諦めたというか、そんなコトはいくつかあって

もし自分の心の中に不満があるなら、そんな思い通りにならなかったこと。

今は何故だかそんな不満の気持ちが、少し大きくなっているのかもしれないけど

正直な気持ちと今自分が考えていることが、きっとマイナス思考の部類に入るんだと思う。

わたし自身は特段マイナス思考だとは思っていないけど

かと言って考えていることがポジティブとも思えないので、友達にメールの返信ができない。

彼女にわたしのマイナス思考を与えては、良くないと思うから。

そもそも人の幸せとか自分の幸せとか、人の楽しいや自分の嬉しいとか、少しずつ誤差があると思う。

どう感じるか、どこに価値観を置いてるかなんて、人それぞれだし。

お互いに影響し合って成長していけたら、それは確かにすごく素敵なコトだと思うけど

今の自分には何もできないし、したくない。

きっと、そーゆー波の時なんだと、思うことにする。




2015.11.24 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

敵わない

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あぁ敵わないなぁーと思って、泣けてきた。

確か以前もそうだった。

自分と違うのに、必要とするのはなぜだろう。

自分と違うから、必要とするのだろうか。

不思議と心のどこかではずっと気になってて、それは半分気持ちとは相反するものであって

でもアタマで考えたことではなく、ココロで出した結果がそうなんだと思う。

わたしはずっとそうやって、赦されてきてるんだなーと思って、やっぱり泣けてきた。




2015.11.22 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

***

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疲れていたのか機嫌が悪かったのか、わたしの言動で今まで不愉快に思うことがあったのか

時々友達から口撃されることがある。非常に感じ悪い、カチンとくる言い方をされる。

わたしはその場の雰囲気をこれ以上感じ悪いものにしたくないので、ムカっとくる言い方をされても

たいてい我慢をする。言い返してしまったら火がついて、止められないだろうから。

ちなみにわたしが本気で怒ると、自分でも手がつけられなくなるほどの暴言や皮肉や嫌味のオンパレード状態になる。

人に気を遣わないでいるというのは、自分が自分らしくいられる状態のことをさすのであって

思ったことをそのまま口に出して良い、というコトでは決してないと思う。

相手に対する思いやりの気持ちを無くすことを、人に気を遣わないでいるコトだと感違いしているのであれば

自分らしい状態が傲慢で嫌な奴、というコトになる。そう自分で言ってるようなもの。

可愛らしかったりオシャレだったり、そんな人は世の中にごまんといる。

可愛らしくオシャレなのに、それを鼻にかけない飾らない人柄だからこそ、人はその人に惹きつけられるのだと思う。

あぁなんか、感違いしてるなぁーこの人・・と思って、少し哀しかった。

わたしは華やかさとか、刺激だとか、そんなものを特別羨ましいとは思わない。

自分の今欲しいものも、自分が今望んでいることも、自分がいまどんな心理的状況なのかも

いつもちゃんと分かってるつもり。

人を羨ましがらせたかったのかもしれないけど、わたしは今のところこの現状以上の何かを求めてないので

羨ましいフリをしただけだったんだけどね。

・・という毒を吐いた日記になってしまい申し訳ない。




2015.11.19 | | コメント(2) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

神戸へ

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最近のひとり旅では、よく西に行く。

きっと関西弁がすきなんだと思う。

神戸での旅行のこと。結局異人館に行ってみることにした。

横浜にも洋館があって何度か行ってるのだけれど、あそこは入場料がかからない。

当初はそのことにビックリしたけど、それに慣れると神戸の異人館は「え、入場料要るの?」と

逆にビックリした。まあ当然といえば当然だよね。維持費や修繕費だってかかるだろうし。

神戸のスゴイなと思ったところは、三宮や他の場所でも見かけたけど、駅前すぐのところに

ボランティアでの観光ガイドさんが数人居てくれること。

地図が読めないうえに方向感覚に欠けているので、ありがたく異人館までの道を聞きました。

異人館は数箇所あって、しかしながら特に此処に行きたい、という場所もなかったので

ここは観光案内所で聞いてみるか、と思いめがけて行ってみた。

職員のおじさんが親切に対応してくれて、オススメの館をセレクトしてもらい

それぞれの館の入場料がいくらかかるか計算してくれ、お得なクーポンもいくらぶん必要か計算してくれ

全て優しいおじさんにおんぶに抱っこ状態で、そこでクーポン券を購入して、館めぐりをした。

最初の館内に入る際、チケットを提示して係の人に「あの、ここ写真って・・」と撮影可能か聞こうとしたら

「写真撮ってダイジョウブですよ」とニッコリ笑顔で言ってくれた。

異人館までの道を聞いたボランティアのおばさんも、観光案内所への道を聞いたアイスクリーム屋のおねえちゃんも

また観光案内所のおじさんもそうだし、神戸の人達はすこぶる感じが良く優しい対応してくれて

わたしの中での神戸のイメージめちゃくちゃアップしてる最中だったから、この係りの人の対応で

ものすごく幸せなホクホクした気持ちになった。異人館は結局ゆっくり5館もめぐりました。

この日の神戸は、夏ちゃいますか?と思うような季節外れに暑い日で、薄手のコートを着て行ったことを

とてつもなく後悔した。脱ぐと荷物になって邪魔なので、袖をまくって頑張りましたが。

ランチには異人館の付近のベトナム料理屋さんに入ったのだけれど、ここもとっても良かった。

ランチの写真を確かナチュラで撮ったと思うのだけど、まだ現像に出してないので

それを撮りきってからまた、書こうと思います。




2015.11.15 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

ともだち






よく遊ぶ友達は、自分とタイプが似ている。

あまり何かを自分からすることもなく、どちらかと言えばインドアで、ゆるーい感じ。

もともとわたしが、仲良くなりたいと密かに思っていた人達で

彼女たちとわたしとの共通点があるとすれば、似通った性格だということ。

反して、性格が似通ってるというよりか、他のほうに共通点があって仲良くなった友達は

自分には持っていないものを持っている人たちで、例えばオシャレさんだったり

例えば人とすぐに仲良くなれちゃったり、例えば手先が器用でアクセサリーを制作・販売していたり。

わたしからすれば、彼女たちと友達であることが、なんかスゴイことのような気がして

反して彼女たちは、わたしのどこがよくて仲良くしてくれているんだろうかと、ふと思ったりした。

わたしが持ってるものってなんだろう・・

おしゃべり得意でもないし、コレといってオシャレでもないし、人とすぐには打ち解けられないし。

まっ先に思い浮かべたのは、やっぱり写真。後はひとり旅を時々する。

それくらいしかないなぁ・・と思いながら、やっぱり彼女たちが仲良くしてくれてる理由は分からない。

でも、気が合うとか、一緒に居て楽とか、人と友達になるのって、結局そーゆーコトなんだろうなとも思う。

何を持ってるとか、何ができるとか、そーゆー付属品みたいなものは、友達になるための理由じゃなくて

結果的についてくる、オマケみたいなものなんだろうな。

自分の良さなんて自分には分からないし、それはきっと友達がそれぞれの中に、見出してくれてるんだろうなと

そんなことを思ったりしたこの頃。




2015.11.11 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

ひとり旅のこと





今年はひとり旅を何回かしているけれど、今回が一番イロイロ考えたんじゃないだろうか。

ひとり旅をする理由は、ある程度大人になると、行きたい場所は人それぞれだし

そこには時間もお金もかかるものだし、予定を合わせることもそれを許せる環境になかったりして

一緒に行ってくれる友人が居ないから、というのが一番だけれど

でもそれだけじゃなく、やっぱり全てにおいて自由であるということが、大きな要因でもあったりする。

長くひとりで行動することが身に染み付いていしまうと、気疲れをしないでいられるということが

時に誰かと一緒にいられる楽しさよりも、勝ってしまったりする。

今回1泊で、神戸に行ってきた。神戸の此処に行きたいという明確な理由もなく、なんとなく神戸。

もとより、執着心というものを捨てた自分にとって、特別行きたい場所はあってないようなもの。

結局、現地で観光案内所のおじさんに親切にしてもらったり、ランチしたお店でのお会計の時に

「お気を付けて」と言ってもらったり、関西に住む友達が、自分の友人の経営するカフェがステキだからと

お店を教えてくれて、そこでオーナーさんと少しおしゃべりしたり、夜は急遽神戸に住む友達に連絡し

飲みに連れて行ってもらったりした。

ひとり旅ながら、結局わたしはひとりではなかった。

愛想が良い人だったり人懐こい人なら、ひとり旅は人と知り合えたり出会える、格好の機会なんだろうと思う。

けどわたしは、特別愛想が良いわけでも特別人懐こいワケでもないので、ひとり旅でも誰とも会話することなく

その日が終わることのほうが多い。

ひとり旅に何かを期待などしていなかっただけに、そこでのささやかな出会いと少しの会話に

ココロが温まる思いがした。

そして、神戸に住む友達に会ってきた。

重いカメラ2台を持ち歩き回り、予想外に疲れきっていたわたしは、早めに夕ご飯を食べ

早めにホテルに帰ってゆっくりしようと思っていた。

ケド同時に、神戸などそうそう来ることもなく、ここで連絡しないのはどうなんだろう・・とも思い

迷いに迷った末、早めの夕ご飯を食べている時に連絡をしてみた。

結果、飯に行こうとなり、飲みに連れていってもらった。

元気そうで楽しくやってて、話しを聞いていて安心した。

相変わらず20代とは思えぬ言動をし、独自の考えを持ち、こちらが気疲れしないほどよく喋り

さり気ない気遣いをしてくれる友人だった。

スーツ姿のオトナ達がタバコをふかしながら、薄暗闇の中でお酒を飲んでいるバーに

2件目のお店として連れてこられた時は、同じオトナでありながら、お店に入ることにたじろいでしまったけど

普段バーに行くことなど無い身としては、新鮮というか、オトナな気分を味わえました。

まぁ、年齢的には充分オトナですがね。

店員さんとのやりとりとか、ホントなんというか、大人っぽいのだよね。そこらへんは、相変わらず外国人っぽくて。

翌日も仕事だったのに、遅くまでありがとう。

旅行の写真は例のごとく枚数は少なめだけど、現像してもらうのが楽しみ。




2015.11.08 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

ありがとう





君の写真とコトバを見返すのと同時に、過去の自分の写真とコトバも見返してた。

懐かしいなーと思うと同時に、大切だと思う気持ちや、共有した時間やコトバたちを

どれだけの時が経とうと、どれだけの出来事を重ねようと、わたしはずっと忘れないと

ことあるごとに綴っていて、その想いは今でも変わらないなと思う。

そう思うのは、ココロとココロで交わしあっていたからだと思うし

通じ合っているという確かなモノを、いつも感じられていたからだと思う。

人生の中で「特別」だと思える、というか、そう記憶に残るだけの濃密な時間というのは

きっとそうそう作れるものではない。

だから、わたしにとっての特別な君は、これからもずっと特別な存在なんだと思う。

生涯にわたって、変わることなく。

幻想的な朝霧写真を、ありがとう。いつか実際に見てみたいな。

いつも本当に感謝しています。

繋がっててくれて、ありがとう。




2015.11.02 | | コメント(2) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

あるがまま





この人生で良かったと、最期の時に思えるように、生きていきたい

ずっとそう思ってた。そのために、自分なりに努力してきたつもりでいた。

人見知りや面倒がりな性格の自分にムチをうち、知らない人たちと初めましてを繰り返し

ひとりでも積極的に外に出ていくようになった。

けれど思うような結果にはならず、心が疲れることのほうが多かった。

未だにひとりでも外出するし、ひとり旅もする。ただ、初めましては、嘘みたいになくなった。

それが良いことなのかそうでないのか、よく分からない。

最近思うのは、例えどんな人生であろうと、それが自分の望んだものでもなく

欲しかったものも手に入れていなかったとしても、最期の時には「この人生で良かった」と

思うんじゃないか、ということ。

その時になってみないと、本当のところは分からないだろうけど

でもきっといつだって自分にとって、最善の選択をしてきているのだろうと思うから。

その結果の人生なのだと思うから。

自分にはもう一つの道があった、もうひとつの人生があった、という想いから

人を羨んだりする気持ちは、いつだって心の中にあって

それは強がりを言うことでしか、解消できないけれど、でもこれが自分の選んでいるすべての結果。

もう運命なんてないかもしれないけど、自分は自分のままに、生きていくんだろうな。




2015.11.01 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

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