満足感






実生活がいかに充実していて楽しいものか、ということを人に知らせたくなるのは

自分が今の生活や人生というものに対して、何かしらの不満足を抱えているから

なのかなぁーと、自分のことを振り返ってみて思う。

人は他者に認めてもらいたいという承認欲求を、誰しもがもっているものだと思うけれど

自分が自分自身に納得し、それなりの満足というものを知っていたら

わざわざ人に対して、自分の充実っぷりを敢えて知らせる必要性は、無いように思う。

人にすごいとか羨ましいとか思われたり、認めてもらいたいと思うよりも

自分が自分をちゃんと認めてあげられる方が、心は充たされる気がする。

少なくとも、わたしの場合は。

友達とも普段から日常的にメールをすることもなく、だからと言って友人関係が薄れるとも思わず

けれど心の中では気にかけているので、何かの時にはメールをしたり、お互いそんな感じなのだけれど

友達の中でマメにメールをくれる子がいる。

数ヶ月に一度の近況報告ならまだしも、わたしにとっては頻繁とも思える回数だと

書く内容にお互いが気を遣わないと、自分の日々がどれだけ充実してるかを知らしめるためだけの

無意味なやりとりになってしまう。

以前似たようなことがあって、数ヶ月連絡を絶ったことがあった。

わたしの心が卑屈になっていたのだと今は思うけれど、ある程度の距離感というものは必要だと思うし

自分の生活の逐一を人に知らせることは、友だちと言えど必要ないと思ってる。

そうやって他者に認めてもらったりする以上に、自分で自分自身を認められる方が

心は健やかに、充実した満足感を感じられる。




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2016.06.26 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 二眼レフ

思い通りにいかなかったから






曽野綾子さんの「思い通りにいかないから人生は面白い」という本を読んだ。

これがとても人生的に深く意味のある内容で、共感できたり教えてもらったり

勉強になる内容の本だった。

人生に対して、本当の意味で納得して受け入れられたのは、割りと最近のことで

自分が欲しいものや望んでいるものをちゃんと考え、それに対しての答えを出した頃から

そして、自分は被害者なんだという意識が消えた頃から、自分の人生を前向きに捉えられるようになった。

自由にしてもらえたのだな、という気持ちも芽生え始めた。

20代は自分の思うような人生を歩いてきたから、挫折というものを初めて経験した分

どうしても落ちた沼から這い上がるまでに、膨大な年数をかけてしまったのだとも思う。

もともと人の好き嫌いが激しく、友達が少なかったわたしが(今でも少ない方だけど)

趣味のカメラなどで繋がった友達がわずかだけれど居てくれて、皆地方で暮らしている人たちで。

それぞれ個性的な人たちで、年に何度も会える人もいれば、数年に1回しか会えない人もいる。

自分を変えたい、仲間が欲しい、というそんな気持ちから、人とコミュニケーションをとり、種を撒いた結果が

ちゃんと大きな実になったのだなと、あれから数年経過した今、すごく実感している。

離婚していなかったら、今の自分はもちろん無いのだけれど、皆と知り合うことすらなかった。

自分の知らないことを教えてくれたり、自分にはないものを持っていたり

自分とは違った視点だったり考え方だったり、そういうことを見聞きできるというのは

やっぱり単純に刺激的でもあるし、面白いなと思う。

生身の人間が付き合っていれば、近づきすぎてうっとうしく感じたり、嫌だなと思うことがあったり

でもそれはきっとお互い様で、そうやってお互いを受け入れたり受け入れてもらったりしてるんだなと

思うこともあった。

思い通りの人生を送っていたら、全て気付かなかったことだと思うし、感じなかったことだと思うし

考えられなかったことだと思う。

年齢を重ねてきた、という部分ももちろんあるけれど、人間的に深くなれるだけの経験だったのだろうなと

今少し、そんなことを思っている。




2016.06.19 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

外国人日和






梅雨明けしましたか?と疑いたくなるような湿度と暑さ。

これからの夏の暑さを考えるとゲンナリしてくるけれど

夏は痩せられるチャンス。

今日初物のスイカを食べた。甘くて美味しくて水分いっぱい。

スイカダイエットなんてできないかな、とか思うけど。

でもきっと今年もビールを箱買いするだろうから、スイカよりビールだろうな。

こんな暑さの中だけれども、近所を散歩してきた。

公園の中を歩いていたら、サムソンのスマホだったから韓国人だったんだと思うけど

おばちゃんにスマホを渡され、写真を撮ってくれと頼まれた。

わたしが一人だったからか、片手にカメラを持って歩いていたからか、分からないけど。

そう言えば、以前写真仲間で集まったときに

カメラ持ってると写真撮ってくださいって頼まれることが多くなった、という話しを聞いた。

へぇー、そうなんだ。わたしカメラ持って歩いてるのに、そんな風に言われたこと一度もないのにな

なんだか羨ましいな、と思ったことを思い出した。

思いっきり人を近づけさせないオーラを放っているんだろうか・・と、若干心配になったけれど

去年の秋に神戸の異人館周辺をひとりで歩いていたとき、修学旅行性らしき中学生の子に

ようやく「写真撮ってください」と頼まれた。

趣味とはいえ一応普段から写真撮ってるから、君ね、わたしチョイス正解、とひとりで思いながら笑

その後も歩いていたら、今度は前方からやってきた人に、すれ違いざまに「こんにちは」と挨拶をされ

誰だ?知り合いか?と横をむいたら、全く見知らぬ、しかも外国人のかわいい女の子二人組で

いたずらっ子そうなキュートな笑顔を向けて、そのまま去っていった。

はて、なんだったんだろう・・と呆然としたまま、こちらも歩き去ったけれど

韓国人のおばちゃんから写真を撮ってくれと頼まれ、白人のかわいこちゃんからは挨拶をされ

なんだかツイテル日だなぁーと、少しほっこりした土曜日でした。




2016.06.18 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 二眼レフ

人を撮る






今年に入ってから、毎月のように誰かしらに会っていて

そのたびに写真を撮っているのだけれど

やっぱり人を撮りたいと思うのだよね。

完全マニュアルのフィルムカメラだと、ピント合わせが間に合わず

こっそり撮影はいつも、不完全燃焼なことが多くて

だから撮られることを了承してくれている友達とだと、とてもありがたいし

気持ち良く撮れる。

人を撮ると言っても、顔が写っている写真が全てじゃなくて

むしろ顔の見えない角度だったり、髪の毛やアクセサリーや

手元や足もとや、そういったパーツを撮るほうが、好きだったりする。

着ている洋服が素敵だったら、全体の後ろ姿とかも好き。

日常を日々撮っていて、作品的な写真は撮ったことないけど

「あ、今の感じ良いからそのまま動かないで」って言えるような

撮影的な撮り方をしたいなーとも思う。

ただわたしと一緒にいるときに毎回そんなだと、一緒にいる友達もウザくて嫌だろうな・・

と思うので、普段そんな撮り方はしないんだけどね。

そういった意味で、写真を撮ってる人と撮りに行きたいなーと

思うことが増えたこの頃。




2016.06.17 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

違い






独身と子持ちの友達とは、やっぱり相測れない部分があるんだろうなと

最近思うようになった。

子供の話をするのと同じくらい、こちらの話しも聞いてくれれば良いのにと

きっとずっと無意識のうちに、思っていたんだと思う。

この間独身の友達と会って飲んだ時に、思わず愚痴ってしまった。

我慢しているつもりはなくても、良い顔をしているつもりはなくても

知らず知らずのうちに、そうやって自分の中に溜めていってしまうのだろうな。

そうしてその限界が達したときに、ようやく気付く。

子持ちでも、ちゃんと生活の糧として働いてる子は、子供の話だけにはならないし

こちらの話しもちゃんと聞いてくれる。

この違いは、なんなんだろうと、考えさせられる。

お互い立場が違っても、お互いをちゃんと思いやれたら

こんな風に思うことは、ないんだろうけどな。




2016.06.15 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

再確認






週末、友達とあじさいに会いに行ってきた。

去年は近所で済ませてしまったので、今年は色とりどりのあじさいを撮れた。

梅雨なので雨を覚悟していたのだけれど、当日は見事に晴れ。

今年は春の旅行といい先日の神戸といい、良いタイミングで快晴になってくれて

すごく運が良いのだけど、日頃の行いかな、とか思ってみる。

インドア派だった自分が(今でも基本はそうだけど)、カメラを始めたおかげで

色々な場所を知るようになった。

今ではひとりで写真を撮りに行くことも減って、出掛けるならば友達と一緒のことが増えたのだけれど

そうすると、やっぱり友達と一緒のほうが楽しいな、と思ったりする。

もちろんひとりで過ごす時間も必要だし、大切なのはそのバランス。

ひとりで居られるような強い人になりたくて、敢えてひとりの時間を過ごしてきたからこそ

感じる気持ちなんだと思う。

寂しがりやだから、強い人になりたいと思う。

自分の弱い部分を知ってるから、それを克服したいと思う。

そうやってずっと進んできた。

弱いことを知っていながら、弱いままではいたくないから。

でも友達と一緒に居ると、再確認するんだよね。

あぁやっぱり寂しがりやな部分は根底にあって、だから人を求めるのだし

強くありたいと思うのだろうなって。




2016.06.13 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

心を配る






当たり前のように持っている人達は

持っていない人達の気持ちなど、分かるハズがないのだろうな。

というより、分かろうとしないのだろうな。

こっちは持っていなくても、その大変さだったり幸せ感だったりを

想像することができるのに。

でも、全てを当たり前のように手にして、人の想いや気持ちに無関心で

相手の心を想像することができないような人よりか

持っていないからこそ、相手に対して慮れる気持ちや、寄り添う気持ちを持てるほうが

わたしは人として魅力的だと思う。

自分はそんな人になりたい。




2016.06.10 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

写真のこと






過去のアルバムを見ていたとき、お気に入りだった一枚の写真を見つけた。

それはNZに居た頃、親友と一緒に行った旅行先で、目的地までの途中休憩で立ち寄った

誰もいない美しいビーチでの写真。

撮られてるとは知らず、後で渡されたこの写真が、真っ青な空と海と白いビーチと

とてもきれいな景色の上、自然体な自分の姿に、すごく感動したことを思い出した。

当時はお互い撮ったり撮られたりしていたけれど、彼が撮ってくれた写真の中で

この一枚は、特別にお気に入りだった。

オトナになると、自分の写真を撮ってもらう機会は、学生の頃に比べると

断然に減ってくると思う。

撮られるのが恥ずかしかったりするのもあるし、写真写りが良くないから、という理由もあったり。

けれど、撮ってもらった写真はその何年も経った後に

懐かしさとともに想い出だったり、宝物になったりする。

写真を撮ることは「今」を写すことであり、その「今」が「未来」の贈り物になるのだと思った。

そんなことを改めて思った、一枚の写真。

きっと当人はこの写真を撮ったことなど、もうとうの昔に忘れてしまってると思うけど。




2016.06.08 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

心の中に






ここ数年、新幹線に乗ることが増えた。

たいてい窓際席なので、いつも景色を眺めながら過ごしている。

そうすると、いつも思うことがあって

あぁ君の暮らす街の近くまで来ているのだなぁー

でも君には会えずに、通過していくのだなぁーと。

いつもそんな風に少し寂しい気持ちを抱えながら、流れていく景色を眺めていた。

だからこの間、そのいつも通過する場所で下車できたことが、すごく嬉しかった。

新幹線に乗るときだけじゃないけど、そうやって君はいつも

わたしの心の中に居るのだなぁーと思う。




2016.06.05 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

彼女に会いに







しばらくぶりの友達に会いに、神戸に行ってきた。

何年ぶりだろう・・と思い返してみたら、最後にあったのはおよそ5年前。

会いに行くことを喜んでくれたことが、こちらもとても嬉しくて

この日が来るのを、ずっと楽しみに心待ちにしていた。

あちこち連れていってもらった。

希望した場所に一緒に行ってくれて、気になってたカフェでのランチや

お土産に欲しかったカヌレ、フルーツ凍りや素敵な雑貨屋さんめぐり

オサレカフェでのスイーツ。

色々な話をしながら、たくさんおしゃべりをし、たくさん歩き

あっという間に楽しい時間が過ぎていった。

彼女のいつまでも変わらず優しく清い人柄に、あぁずっと友達でいれて良かったなと

改めて思った。

おもてなしの気持ちや気遣いの出来る、素敵な人。

前回はひとりで行った場所や歩いた道、それを友達と一緒におしゃべりしながら歩くと

見ている景色は同じものでも、心の感じ方や受け取り方は、また違ったものになってくる。

わたしはひとりで居られるだけの強さが欲しくて、ひとりで過ごす時間を意識して作ってきた。

孤独であることが生きていく基本条件だと思うスタンスも、変わっていない。

けど、矛盾するようだけれども、大切だと思う人や好きな人と過ごす時間や

一緒に過ごす相手を求めることも、ひとりで居ることと同じくらい、大切なんだと思う。

ひとりで過ごすことで感じる気持ちも、たくさんある。

同じくらい、人と一緒に過ごすことで感じる気持ちも、たくさんある。

今回彼女と楽しい時間を過ごしたことで、これがひとりだったら・・と想像したら

同じような行程をたどったとしても、わたしの心の満足感は、また違ったものになただろうなと思った。

たくさんのお土産をありがとう。

いつも気にかけてくれて、贈り物やお手紙をくれて、本当にありがとう。

また、会いに行くね。




2016.06.04 | | コメント(0) | トラックバック(0) | フィルム一眼 ひとりごと

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